大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所呉支部 昭和41年(わ)232号 判決 1969年12月16日

被告人 五明金弥

明四〇・一・二八生 下蒲刈町々長

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三一年二月広島県安芸郡下蒲刈島村々長に就任し、同三七年一月町制施行により同村が下蒲刈町となつて後も、ひき続き町長として同町を統轄代表し、町政事務を鞅掌しているものであるが、離島振興法第二条第一項の離島振興対策実施地域に指定されている同町が、昭和三九年度三之瀬地区簡易水道布設事業を行なうにあたり、離島振興法第九条第五項および同条項の規定による簡易水道布設費の補助に関する政令に基き、右布設に要する費用額のうちの一定額である国庫補助基本額に対し、一〇分の四の割合の国庫補助金が交付されることとなつていたが、当時右下蒲刈町は人口僅か五、〇〇〇人余りであつて財源も乏しく、広島県下でも最も貧しい市町村の一つであつたところから、右事業費に対する地元負担分の軽減をはかるため、国庫補助対象事業費の申請額を水増した内容虚偽の国庫補助申請書を作成行使して不正に国庫補助金の交付を受けようと企て、右補助申請にさきだつて行なうべき工事請負契約および用地買収契約等を了したところ、補助対象として計上すべき工事費および諸経費が計一八、三二三、〇〇〇円、用地費および補償費が計三六九、二〇〇円となり、これらは事務費として二六九、〇〇〇円を加算した金額(国庫補助基本額)が合計一八、九六一、二〇〇円となつたのであるから、右金額の一〇分の四にあたる七、五八四、四八〇円を補助申請すべきであつたにも拘らず、そのころ右申請事務担当の同町住民係長長迫勘一と共謀のうえ、工事費および諸経費として一九、三二三、〇〇〇円、用地費および補償費として二、五五八、〇〇〇円、これらに事務費として二六九、〇〇〇円を加算した合計金額(国庫補助基本額)として二二、一五〇、〇〇〇円を各計上し、国庫補助申請額として右金額に一〇分の四を乗じた金八、八六〇、〇〇〇円を算出したうえ、昭和三九年八月六日ごろ、同町三之瀬所在の町役場で、右長迫において、その職務に関し、行使の目的をもつて、国庫補助申請書用紙の国庫補助金申請額欄にペンを用いて「8,860,000」円也と記入し、同じくペンで申請者欄に「安芸郡下蒲刈町」と記入したうえ町長五明金弥なるゴム印を押捺し、翌七日広島市基町一〇番五二号所在の広島県庁内で右長迫において前記申請書の五明金弥名下に町長印を押捺し、もつて厚生大臣神田博宛の「昭和三九年度離島簡易水道等施設費国庫補助金の交付申請について」と題する内容虚偽の公文書である補助申請書一通を作成し、即日右長迫において前記県庁内広島県衛生部公衆衛生課室で、情を知らない同課水道係員に対し、右補助申請書を内容真実なもののように装い提出行使して金八、八六〇、〇〇〇円の国庫補助金の交付方を申請し、これに基き広島県知事をして厚生大臣に対しその旨進達せしめ、よつて同大臣をして右金額の国庫補助金を交付する旨の決定をさせたうえ、同年一二月二三日および翌四〇年三月二九日の二回にわたり、国庫より広島県を経由して前記事業に対する補助金として合計金八、八六〇、〇〇〇円を呉市仁方本町一丁目二番二七号株式会社広島銀行仁方支店における下蒲刈町収入役花浦忠輝名義の普通預金口座に小切手で振込入金させ、もつて偽りの手段により前記正当な補助申請額との差額金一、二七五、五二〇円の国庫補助金の交付を受けたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  先ずいわゆる工事費水増の点につき、弁護人は下蒲刈町が業者との間に工事請負契約を結ぶにあたり、被告人が各業者に対して一、〇〇〇、〇〇〇円の水増を指示したことはなく、単に後日設計変更があつても増額は認められないから、そこのところを考えて入札するよう注意したにすぎない旨主張する。

然し、前掲第四回公判調書中証人小西一明の供述記載、長迫勘一の昭和四一年一一月二二日付検察官に対する供述調書および被告人の検察官に対する供述調書二通を綜合すれば、被告人が、入札に参加した業者の前で、予め、実際の見積額より一、〇〇〇、〇〇〇円を上積みした金額で入札するよう発言したことが認められる。そして、右証人小西一明の供述記載および第五回公判調書中証人長迫勘一の供述記載によると、下蒲刈町が株式会社昭和工業所との間に一一、九五〇、〇〇〇円で工事請負契約を結んだ数日後に、長迫が被告人に命ぜられて一、〇〇〇、〇〇〇円の架空の領収書を右小西より徴したことが認められ、以上の事実を綜合すれば、被告人の真意は業者の注意を喚起する点にあつたのではなく、当初から一、〇〇〇、〇〇〇円を上積みさせた金額で工事請負契約を結び、これをもとにして補助金の水増申請をする積りであつたものというほかはない。

(二)  弁護人は、本件工事費および用地費等の価格が適正であるから被告人の行為は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下適正化法という)第二九条第一項には当らない旨主張する。

先ず、工事費につきこの点を検討すると、押収してある「昭和三九年度離島簡易水道等施設費国庫補助申請書(昭和四二年押第二四号の三)中の事業費所要額調書によれば、本件工事費につき算定基準による算定額が一七、九四七、〇〇〇円であるのに対し、実際の契約額を計上した国庫補助基本額(昭和工業所との請負価格一一、九五〇、〇〇〇円が含まれていることは勿論である)はそれを下まわる一七、七五五、〇〇〇円であることが認められる。然し、ここにいわゆる算定基準とは、国庫補助の対象となる事業に要する費用のうち、補助金交付の上限を定めるものであつて、下限を定めるものではない。即ち、算定基準をこえる価格の場合には、算定基準により算定された額(国庫補助基本額)しか補助の対象となり得ないのに反し、実際の価格が算定基準を下まわる場合には、低い実際価格の線をもつて補助基本額とされるのである。これは補助金制度の趣旨よりみて当然のことであり(実際に要する費用額を基準にして補助金が交付されるのが原則であつて、唯、国家予算等の面よりその最高限を画しているにとどまる)又、実際にも補助金申請に際し、県道復旧工事等特殊なものを除き現実の工事費を計上するよう、府県を通じて各市町村の事務担当者に対し指導がなされていることは被告人も認めるところである(被告人の前掲各供述調書参照。なお、弁護人の援用する昭和三九年六月二二日付厚生事務次官通達「昭和三九年度離島簡易水道等施設費の国庫補助について」―昭和四二年押第二四号の五のうち終りより二枚目―において、この補助金の交付は、別紙(甲)(略)昭和三九年度離島簡易水道等施設費国庫補助金交付要綱により行なうものであることとされ、右別紙(甲)の交付要綱二項は、「離島簡易水道等施設費国庫補助対象事業費は、別表(略)の第一欄に掲げる種目につき、それぞれ同表の第三欄に掲げる算定基準によつて算定された額(当該種目による実支出額が、算定基準によつて算定された額より少ないときは実支出額)の合計額とする」旨定めている)。以上に述べたところから、たとえ広島県の定めた算定基準を下まわる価格であつても、工事費を一、〇〇〇、〇〇〇円加算して国庫補助基本額に加えた被告人の所為は、適正化法第二九条第一項の適用を免れないというべきである。

次に、本件工事のために買収した土地の価格につき、弁護人は実際の買上価格と補助申請書記載の価格との差額は、各土地所有者が町に寄附したのであるから水増ではないと主張する(なお、土地については、工事費と異なり、算定基準はなく、厚生大臣と協議しその承認を受けた額を計上すべきものとされている―前記通達の別紙(甲)用地費および補償費の欄参照)。然し、各売買契約等が実際に補助申請書記載の金額でなされ、その後、各土地所有者が真実その代金額の一部を町に寄附したのであれば格別、前掲壇上アツ子、堀部モミヨ、狭間俊雄の司法警察員に対する各供述調書、第一一回公判調書中証人狭間俊雄の供述記載および第六回公判調書中証人長迫勘一の供述記載を綜合すると、前記買収にかかる土地につき実際の買上価格が補助申請書に記載された金額よりはるかに少ないことは各土地所有者の予期しなかつたことであり、その差額を町に寄附することの認識もなかつたところ、被告人が右長迫らに命じて、あたかも寄附されたような形式を書面上整えさせたにすぎないものと認められる。

なお、森徳之の昭和四一年九月二日付検察官に対する供述調書によると、本件国庫補助金交付申請と同時に用地費、補償費につき厚生大臣と協議し、その結果申請どおり厚生大臣の承認があつたことが認められるが、このことをもつて水増申請を否定する理由にならないことは、前記工事費の算定基準について述べたところと同様である。

そうすると、被告人の所為は、工事費および用地費、補償費につき水増申請をしたものといわざるを得ない。なお、補助申請を受付けた広島県衛生部公衆衛生課水道係においては、書面上の形式的な審査を行なうのみであるから、同係員の審査を通過したことをもつて、直ちに補助申請書記載の金額が正当なものであるといえないこともちろんである。

(三)  最後に、弁護人は、仮に本件国庫補助申請において起訴状に記載されたような水増があつたとしても、右水増によつて不正に受給したとされる補助金額一、二七五、五二〇円は、その後、もともと補助対象事業である本件簡易水道工事のためにすべて支出されたのであるから、国において財政上の損失を生ずることがなく、従つて適正化法第二九条第一項に当らないことになる趣旨の主張をしている。

花浦忠輝の司法警察員に対する供述調書ならびに証人長迫勘一および被告人の当公判における各供述を綜合すると、本件補助申請およびそれに基く補助金交付決定後、簡易水道工事の進行に伴ない、新たな用地買収の必要が生じ、若干の追加支出を余儀なくせられたことがうかがえる(なお、森徳之の昭和四一年一二月七日付検察官に対する供述調書によれば、実際に工事を施行したところ、県道復旧工事費につき六〇〇、〇〇〇円近い余剰が生じ、右余剰分は余水吐および水路築造工事等の増額分に充てられたことが認められる)。然し、右用地の追加買収或は追加工事等につき、その支出額の如何を論ずるまでもなく、弁護人の右主張は理由がないといわねばならない。即ち、適正化法第二九条が国の財政的利益を直接の保護法益とすることはこれを認めうるが、補助金行政の適正な運用をはかるために補助金の交付申請、交付決定、その使途等につき詳細かつ厳格な諸規定をおく同法が、いわゆる水増申請によつて余分に受給された補助金が、たまたま事後的に補助対象たりうる事業のために支出されたからといつて、既になされた水増申請が遡つて不正でなくなることを容認する趣旨であるとは到底解されないのみならず、各市町村等のなす補助金交付申請を綜合、調整し、その結果に基いて補助金を配分するのも国の財政的利益につながるものというべきであつて、いわゆる水増申請によつて余分の補助金を受給する行為は、その不正受給分につき右の申請およびそれに対する国の審査、交付決定等手続過程上のチエツクをすべて潜脱して補助金をいわば先取りするものであり、しかも改めて申請した場合に必ず交付を受けられるとは限らないから、たとえ事後的に補助対象事業のために支出されたとしても、補助金の交付を受けた時点において既に国の財政的利益を侵害したものといわなければならない。

従つて前記弁護人主張の点は被告人の罪責を左右するものではなく、ただ量刑において配慮されうるにとどまるというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、有印虚偽公文書作成の点は刑法第一五六条、第一五五条第一項、第六〇条に、同行使の点は同法第一五八条第一項、第一五六条、第一五五条第一項、第六〇条に、国庫補助金不正受給の点は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律第二九条第一項、刑法第六〇条にそれぞれ該当するところ、右の有印虚偽公文書作成とその行使および補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反の所為との間には順次手段結果の関係があるので、刑法第五四条第一項後段、第一〇条により最も重い判示有印虚偽公文書行使罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処するが、情状により同法第二五条第一項第一号を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例